Tourist / Landscape


これまでに決して多くはないがいくつか国内外を旅行をした。旅先では観光名所と言われる広場や建造物、史跡、ミュージアムなどによく足を運ぶ。それらはその土地の歴史や文化が刻まれている。気付けば多くの観光客同様、何かのさだめの様に写真を撮る自分がいる。思えば写真と観光は共に近代に登場し、少なからず我々の眼差しや所作を再生産してきたのだが、その様な歴史が自分にシャッターを押させているのだ、というのは都合の良い言い訳だろう。

撮影した写真を見返せば、観光客は名所の添え物の様に写り込んでいる。彼らをよく見れば自分と同じくカメラを持ち、写真を撮っている姿も見かける。おそらく自分も彼らの写真の中で特段意識されることのない匿名の観光客として写り込んでいるに違いない。我々はその時同じ場所に偶然居合わせた他者であるが互いの写真の中で生きている。そして我々が立つその場所にとっては誰もが同じ様な一過性の存在なのだろう。我々は断絶しつつ関係している。

 

この作品では一方で写真に小さく写る人々を油絵の具で写しとる。歴史ある風景(=背景)は描かず、通りすがりの人々を歴史と強度がある油絵具で写しとる。他方、写真に写る人々を油絵の具で消しつつ同時に背景を描き、訪れた人の生より遥かにつづくであろう風景(=背景)を前景化する。歴史ある風景とそこに関わる人や営み、不変のものと移ろい行くものなど、それらに写真と油彩という異質な二つのメディウムを重ね、自らの立つ場所について考えたいと思う。